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2月20日 自宅の庭木の伐採



自宅の二階リビングの出窓の外は、下から勝手に生えてきた木が葉を茂らせていました

  
夏は日除けになってよかったので、あまり大きくならないように、ヨメがまめに剪定してました
(10年ほど前の画像です。剪定用に落下防止バーも付けました)


それでも10年の間に少しずつ大きくなって、去年はここまで幹が太くなっていました
放っておくと大木になるナンキンハゼなので、家に近くには元々植えてはいけない木なんですね

 
一時は三階のベランダを越えて屋根近くまで伸びてたんですが、一昨年の台風の前に
ベランダの上は切りましたが、また伸びています

去年の台風の時も剪定したんですが、そのたびに部屋が切った枝で埋まります

これから台風は毎年来そうなので、この際思い切って下から伐採することにしました

 
葉っぱのない冬の間に切るつもりだったので、びわこに置いてた高枝チェーンソーを持ってきました

    
外から見るとほぼ3階の屋根近くまで伸びてるので、高さは8mはあると思います
生えてる場所は家の横の狭い通路で、そのまま下から切ると隣接してるお隣の家に
当たるかもしれないので、上から少しずつカットすることにしました


まずは3階のベランダから、切った枝が落ちないように、枝をロープで吊って切っていきました


カットした枝は長さは3m近くありますが、まだここは細いのでなんとか引っ張り上げられました


次は二階の出窓からで、ロープを3階のベランダから持ってもらってカットしましたが
ここは太さが10cm程あって重いので、ベランダには上げられずに二階の窓から中に取り込みました


最後に一階の根元を切りますが、まだ長さは4mほど残っていて、太さは20cm程もあって
一気に倒すと危ないので、これも2階からロープで吊りながらカットしました

 
チェーンソーの刃の長さが足らずに最後は手ノコで切って、上で持ってるロープを少ずつ緩めながら
敷地内に何とか倒すことができました
ヨメとの連携がなければ、とても一人ではできない作業でした

それにしても知らない間にこんな大木になってたんですねー。剪定では追い付かないわけです
これ以上根が張ると色々問題になる所だったので、今のうちに切れてよかったです

チェーンソーが大活躍でしたが、高枝用なので持ち手が長すぎて、狭い所では使いにくいかも
根はまだ残っているので、ひご生えをまめに切らなければ、またすぐに大きくなります


   → 
枝はすでにお隣に越境してたので、これで長年の気懸りが解消できてほっとしました
落ち葉の掃除も今年はしなくてすみそうです

戸建ては歳を取ると維持するのが大変だということで、マンションに引っ越す人も多いそうですが
早めに対処することで解決できることも沢山あると思います(今回はそれが遅れて苦労しましたが)


・        ・

切った枝は、外皮がちょうど作ってたディスプレイ台のデザインとぴったりだったので、
4台分8個を輪切りにして使いました


      

たまたまでしたが、少しでもお役に立ててよかったです♪

  

1月3日 田舎のトローリーバス

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます(中国か!)

 
いつのも初詣の薬王寺さんから見える海と、ウチの村の磯も穏やかなお正月でしたが
おみくじが久々の凶でショック~
(ここは厄除けがメインのお寺なので、売り上げが落ちる(?)とやたら凶を入れる事があるけど、やめて~)

そのお寺の下に、去年の夏に舞台の装飾を贈った道の駅があります

 → 
去年のお盆の帰省時に納品して、暑い中仮組したんでした

 
その
装飾は、9月の”サンキューミニコンサート”で使ってもらったそうです(竹細工友人ヨメのブログより)
この時はお客さんは少なめでしたが、ボランティアの出演者さん達には好評だったそうです


その画像をみて(いっそもっと派手に)腰のレインボーを、上にも付けた方がいいように思ったので
次の3月のイベントに間に合うように、それだけ追加で作って友人と一緒にまた道の駅に納品しました
こんなイベントは一回でも長く続けることが大事なので、少しでも役に立てばありがたいです

 

・      ・

コタツで読んでた田舎の新聞に、地元の鉄道の事が載ってました

ウチの田舎はいちおう汽車(電車ではない)は走っていて、中、高と6年間それで通学してたんですが
今はご多分にもれず赤字路線で、便数も1時間に一本ほどしかありません
この路線はもう少し南に行くと行き止まりになっていて、そのために鉄道を使った
外回りの四国一周はできないんですね
自分も隣の高知県に行こうとすると、”酷道”を走って、大阪に行くより時間がかかるので
今でも日本の中で唯一行ったことのない県のままです

  
その南の路線が、日本初の汽車とバスを合体させたトローリー車(?)を計画してるという記事でした
まあ富士五湖には水陸両用車もあるそうなので、技術的には可能かもしれません
もし実現したら、行き止まりの線路を乗り越えて、高知まで走ってほしいもんです(笑)

12月15日 信州のお宿からの便り


二年続けて行った、信州のオーベルジュ,
KASUKE3”さんから、テレビ取材があったので
放送を見てください、とのお葉書をいただきました

 
前にも書きましたが、こちらは自分のインテリアの先生のようなもので、憧れの存在なんです

出演される建築系の番組は、最近はDIYがメインなんですが、たまたまいつも録画して見ていました

・      ・

関西地区の放映は一週間後の14日でした

 
いつもの木崎湖の風景をテレビで見れて、ちょっと懐かしいです

 
お二人ともお元気でなによりです

 
泊まった部屋も写ってましたが、なぜかインテリアや風景も、何ていうかペッタリ写っていて
素材感とあの雰囲気が、イマイチ伝わっていないのが残念でした(実物はずっといいです)

自分的にはここは一種の美術作品だと思っているので、”美の壺”並みのカメラワークで
もっとディティールも撮ってほしかったかも(というより、取材される番組のジャンルが違うような・・)

それでも、このお宿のいままでの歴史と経過は分かりやすく解説されていました

 
KASUKE3″(サード)というのは、ここが3軒めのお家だっていうことですが
建築好きの人は、やっぱり3軒建てなければ納得できないっていう事なんでしょうか
(二軒目時代にもこの番組に出たそうです)

 
二軒目は部屋数も多くビジネス的には大盛況だったそうですが、丘の上で高低差もあったので
今の年齢に合わせて、場所とサイズをコンパクトにしたそうです
(このあたりの柔軟な考え方が長く続けるコツのようで勉強になります)



そして、”山から湖岸へ”は、ちょっと親近感がわきます(^^;)

前のお宿からの移転時のいきさつは、自分も前回行った時にかなり詳しくお聞きしたもんです
というのも、元々こちらに魅かれたきっかけが、前(2軒目)のお宿の内装をある雑誌で
見たことだったんですが、実際に行く前に移転してしまったので、もし次のオーナーの方が
そのまま営業してるなら、ぜひ行ってみたいと思っていたからです
結果的には次の方は一般の人で、今は別荘として使われているので公開はしていないそうです(残念)

ただ番組内でその時の心境を、チラッと話されていたのが印象的でした


こちらはアンティークのギャラリーでもあるので、部屋のインテリアは購入可能という説明の時・・


「建物以外は全て買えるんですね?」とのレポーターの軽口に


「なんだったら建物も・・」という、さりげない返しがあります

一見軽い冗談のように聞こえますが、前にお話ししてくれたことによれば、
前のお宿は、何と一時ネットでも実際に販売してたそうです

結局お客さんだった方がすぐに買われたそうですが、”あの”KASUKE山荘が、
一瞬とはいえネット販売されてたなんて、ホントにびっくりです


その後の「また次つくるから!」というコメントは、全然冗談には聞こえませんでした(笑)
(そんな割り切った考え方が男前でまたかっこいいんですが、ここを越える場所が他にあるのか・・?)

お二人にとっては、アンティークも料理も家も、その審美眼とセンスで、付加価値を付けることが
結果的に生活の糧になってるわけですが、それはものを作る人には理想の生き方かもしれません
ただお二人があまりに自然体なので、一見それが普通の事の様に見えますが、
自分には
それをこのレベルでやり続けている人が、実際にいるということ自体が驚きなんですね

旦那様は前にも言っておられたDIYにも目覚められたそうなので、ますますお元気で頑張ってください

・     ・

※テレビ画面のアップは基本禁止だそうなので、この記事は近日削除の可能性あり

12月25日 屋根の補修(2回目)


去年の9月の台風で傷んだ屋根は、翌月の10月に、とりあえず応急処置でシートをかけてもらってました

あれから一年以上経ったんですが、その後もなんとそのままの状態でした

このまま放っていくわけにはいかなかったんですが、屋根屋業界は今年に入っても手いっぱいの様で
ネットで調べた屋根屋さんは、シートをかけてくれた所も含めて数件連絡しても、半分は繋がらず
繋がっても、「いつ行けるか分かりません」と言われ、試しに飛び込みの営業に見積りさせると、
足元をみた法外な金額を提示される始末でした

まあ価格というのは、需要と供給のバランスで決まるわけで、便乗したいわゆる”ぼったくり業者”が
現れるのも自然な流れだし、何より他の場所ならともかく、屋根だけは専門業者でないと危険なので
しばらく様子を見ようと思ってました(図らずも今回の台風で業界の歪みが露見したわけです)

そして、もうそろそろ落ちついた頃かと思ったので、一月ほど前に(吹田の業者は全滅だったので)
お隣の豊中の業者さんに連絡した所、先週「ようやく行けそうです」とことで、すぐに来てもらいました

一度下から見てもらって、大まかな見積もりをしてもらうと、思ってた以上の良心的な
金額だったので、お願いすることにしました


3日後に、見積もりをしてくれた代表の方と、いかにも”屋根屋”って感じの職人さんの3人が来て、
門の前から3階まで届く長いはしごをかけて登っていきましたが、
高所恐怖症の自分は
見てるだけで怖くなります

befor
 
屋根の一番上の棟板金というのが飛んで、その下のカラーベストが二枚割れていたんですが

after
 
割れたカラーベストを交換して、棟板金も新しい物に付け直してくれました

仕事も早く、値段も(悪徳業者なら必ずある追加料金もなく、見積もり通りの良心価格で
ホントにいい屋根屋さんでした(あまり安いので一万余分に払おうとしても受け取らなかった(笑))

台風は大型化してるので、何時また被害に合うか分からないのですが、これでとても心強いです
(でも次は値段が高くなってもいいのでバケット車を使ってください(笑))

ただ完了写真を見ると、カラーベストの特に南側が日に焼けてかなり劣化してたので
いずれはやり直さなければいけないのですが、その時はぜひお願いしようと思います

 → 
サイズを測るために、ガレージに置いていた飛んだ板金は、結果的に必要なかったんですが
やっと
捨てられるので、折りたたんで燃えないゴミに出しました

もし今年も大型台風が来てたら、もう永遠に屋根の補修はできなかったかもしれなかったので
今年中に解決してほっとしました(重しの砂袋が破れる寸前で、これ以上は放っておけなかったそう)

ウチにとっては何よりのクリスマスプレゼントで、これで気持ちよく新しい年を迎えられそうです

 

8月18日 エブリィからNボックスへ



ヨメが長いこと乗ってたスズキエブリィを、とうとう乗り替えました

バンタイプのエブリィは中古で買って10年程乗ったんですが、最近は大きな家具を運ぶことも
なくなったので、
車検が切れる9月までに、もう少し乗りやすいタイプに換えることにしました


 → 
そこで半年ほど前から、同じスズキのスペーシアとダイハツのタントという競合3車の軽を
色々比較検討して、結局ホンダのNボックスになりました

これからは、年齢的にも自動ブレーキ等のセーフティ系が重要になるので、それで選ぶと
現時点では、センシングというホンダのタイプが一番充実してる様に感じたんですが
結果的には、日本で一番売れてる車になったわけです

それにしても最近の車はどの車種も、ホントにいたれりつくせりで、すごいですねー

販売店も、中古車屋から正規ディーラーまで色々回って、結局ネットで一番安かった
姫路のディーラーから買うことになり、メールと電話だけで契約して前払いしました

車自体は陸送してくるまで見ていなかったのですが、特に問題はなかったです
車もネットで買える時代なのかもしれませんが、いちいち営業マンと値段交渉しなくていいのが楽でした

・       ・

エブリィは、ヨメが街乗りしかしていないので、走行距離も8万キロほどで、
まだ十分乗れるんですが、年式が古いのでたいした下取り価格にはならないようでした
そこで欲しいという人がいればあげてもいいと思ってたんですが、自分の周りにはいませんでした

そんな時、GWに帰省した時に、例の竹細工の友人の車を見ると、偶然同じエブリ(前のタイプ)でした


けっこう年期物っぽかったので、半分冗談で「ウチのエブリィいる?」
と聞いたら
「いる、いる!」と言ったので、彼にあげることにしました
彼は徳島市のイベントに毎回2時間近く走って出店してるので、沢山荷物の乗るタイプの車は
必需品なんで、一番の適任者かもしれません

ただ他府県への譲渡は、新しく登録する徳島に車を持っていかないと名義変更できないそうです
そこで、3か月後のお盆に帰省して大阪に帰る時に、彼も一緒に乗せて帰ってきて
今度は彼に、
ウチのエブリィで徳島のいつものディーラーまで乗って帰ってもらうことにしました


まあそんな感じで話はまとまってたんですが、あと2週間でお盆という7月の終わりに
最後に徳島に出店する道中で彼のエブリがエンコして、なんとそのまま廃車になったそうです

  
(ブログの画像より)

その事を彼のヨメさんのブログで知って、そのタイミングに驚きましたが、彼の車も後釜が決まって
ちょっと安心して気が抜けたのかもしれません(機械ものでも、こういうことは確かにありますよねー)

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そしてウチのエブリィは、予定通りお盆明けに彼に乗って帰ってもらいました


長い間ホントにありがとう
後ろ姿が少し寂しそうですが、次の場所でもう少し頑張ってね

7月22~24日 信州旅行と田んぼアート

今年も信州に行ってきました

二年続けていったので、今年はまた北海道にいくつもりだったんですが
6月に行くはずが、バタバタしてる間に、待ちきれないヨメが先に友達と行ってしまったので
今年も急遽信州になったんでした

季節的にはもう真夏なんですが、今年はまだ梅雨明けしてなくて、涼しくてよかったんですが
帰りの電車が集中豪雨で立ち往生して、あわや車中泊になるかもというトラブルにもあいました


レンタカーで走り始めてすぐに、道の横の田んぼに、こんな絵が現れました

  
対面にある道の駅に、それを見るための大きな展望台がありました

  
上がってみると、道を挟んだ正面の田んぼに、大きな絵が描いてありました

  
これは、今の大河ドラマ”いだてん”の中村勘九郎ですね
それにしてもリアルに描いてます

最初はペンキで書いてるんだと思ったんですが、係員さんに聞くと
色の違う稲を植えて絵にしてるそうです

  
下にはたしかにその苗の実物がありました


それを絵に合わせて色分けして植えてるそうですが、それでこんなリアルな絵が描けることが
まだ信じられなかったんで、もう一度下に降りて真近で見てみました

  
遠くにある顔のあたりはよく見えなかったんですが、近くの絵は確かに稲だけで色分けされてました


係員さんに詳しく聞くと、まず展望台を建てて、そこから指示しながら、コンピューターで
割り出したレアウトに合わせて、地元のボランティアの人が植えていったそうです


反対側から見ると、こんな絵になるそうです。イメージは道路に書いてる標識と同じですね


植え付けには、当の勘九郎とオリンピックメダリストの有森裕子さんも参加したそうです

ところでオリンピックといえば、女子レスリングの伊調馨さんは、もう出られないんでしょうか?
前の男子柔道の野村君の時も思ったんですが、日本は選考に融通が利かないですよねー
野村君の時は4連覇でしたが、伊調は色々あったけど何と5連覇のチャンスなんだから・・
五輪5連覇って、今までの長い歴史上、誰も達成していない超ミラクルな記録なんで(4連覇すら数人)
成功者の足を引っ張るようなことばかりせずに、何とか後押ししてやればいいのに・・
(まあでも意地悪な協会が許さんか)

今回も色んなギャラリーに行ったんですがたまたま通りががりに見つけた最初のアートが
一番面白かったかもしれません(笑)

・     ・

  
ガーデンはもうどこもメインの花は終わって、ほとんど緑だけのお庭になってました

  
それでも、たまにあちこちでみつける紫陽花がきれいです

 
ここはめずらしくチューリップが沢山咲いてると思ったら


ガラスの花でした

  

まあ、自分としては花よりもこんな緑が好みなので、今が一番深い緑の雑木林に癒されました


  

,

 


そんなクヌギの木の下では、カブトムシが争いながら樹液を吸ってました

  

山の中にあるカフェの横は、蕎麦畑になってました


お宿もすごい山の中で、大きな露天風呂がありました
このお風呂は、学生時代に地元の友達に連れてきてもらった事があるんですが、
あの時は皆で泳いで、はしゃいだことが懐かしいですね

たしかその時は真ん中の仕切りがなかったんで、ひょっとしたら当時は混浴だったのかも

 
初日の宿にも露天風呂が付いてましたが、夜明けに朝風呂した後のベランダでの
森林浴が気持ちよかったです


格子の間から見える、朝露の葉っぱがきれいです

  
宿の帰り道の展望台からは、ダム湖とそこから流れる川が見えますが、里の町はまだずっと下です

湖といえば、今回もおじゃました湖岸のオーベルジュ。今回はランチに行きました


こんなに早く、またこの景色を見ながら食事ができるとは思いませんでしたが、
やっぱりここはサイコーです

  
インテリアは、いつ見てもまるで一つの作品の様で、ずっと見てても飽きないんですが
芸術の分野に、もしそんなジャンルがあったら、こちらは絶対に大作家さんでしょうねー


それと、ここの植栽はなんでこんなに元気なんだろう・・

前回は緊張してあまりオーナーさんともしゃべれなかったんですが、今回は昼間だったこともあって
聞きたかった前のお宿の事や、移転の裏話等々、いろいろお聞きすることができました

帰り際には、手作りで出来たばかりのウッドデッキや斜面の階段を、ちょっとどや顔で
見せてくれました(スゲー体力!、そして意外とおちゃめ)

「宿はあと4~5年かな~」と言った後に、「やりたいことが沢山ありすぎてこまる(笑)
とも言ってましたが、全然大丈夫でしょう!

5月3~6日 田舎のゴールデンウイーク、令和元年



連休後半は、姉貴と二人でまた帰省しました


年号も変わって初めての帰省ですが、特に田舎は何も変わらずいつもの風景でした
この風景がいつまでも変わらないのがなによりですが・・)


ただ実家の壁の文字が、”令和”に変わってました。やっぱり楷書が一番難しいそうです

有線放送で、隣町でアートフェスをやってると言ってたので、行ってみることにしました


パンフレットをもらいに、駅の観光案内所にいきました
隣町とは合併して今は美波町といいますが、ここは観光に力を入れてて、以前の朝ドラ
”ウエルカメ”の舞台になった町です(そういえばヒロインの名前も波美でした)

 

アートフェス自体のパンフはなかったんですが、京都で通訳ガイドをしてる姉が
観光ボランティアガイド(無料)のチラシを、めざとく見つけました

さっそくカウンターにいたおじさんに聞くと、その本人がガイドしてくれるそうです(無料で)

 
「それでは行きましょう!」と、観光案内所をいきなり閉めて、すたすた歩きだしました


町のあちこちの古民家に、地元作家さん中心の作品が展示されていました

 
元漁師さんの木彫りや、絵画などが展示されていますが、どこにも必ず地元のボランティアの方が
付いておられて、町の人のボランティア
意識の高さを感じました

 
版画の作家さんはかなりの売れっ子だそうですが、たまたま在廊されてた写真家さんと少し話すと
その方が講師を務めていた写真学校が、ウチの前の工場の隣だったことが分ったりして
「世の中狭いなー」となりました


こちらの庭先では、フェルトペンで実際にイラストを描いてる方もいました

ここの町は昔からの門前町のためか、芸術家や文化人が多いんですね

 
(平面)は、実はあまりよくわからないのですが、この壁に掛けてあった右から二番目の書画が
めずらしく目に留まったので、値札を見ると一万円だったので、おもわず「これください」というと
店番の方は、いきなりあたふたしだして「ほ、本人がいないので売れません」といわれました

「値段が付いてるのでいいでしょ?」といっても、結局売ってもらえませんでした

買いたいといわれたのは、たぶん初めてだったんでしょうね~、残念(まあ今度自分で書いてみよう)

 
こちらの町は、四国八十八か所の23番札所なので、この時期お遍路さんが沢山きていました
移住者さんがやってるカフェでオーナー君と話すと「あの人たちにこっちまで来てもらうことが
ウチのテーマです」と言ってました(たしかに)

自分はもう一つ先の町の、いつもの竹細工の同級生に会いに行くので、ここで別れましたが
姉貴は自分のガイドの向学のために、お寺の中までじっくり案内してもらって
一時間のコースが3時間かかったそうです

ボランティアガイドのおじさん、ほんとにお疲れ様でした(何と80歳だそうです)
お礼に案内書の英語表記の訂正訳をしてあげたそうですが、それじゃ全然足らないですね

・       ・

竹細工の同級生は、去年ウエルカメのロケ地だった道の駅にある、この舞台でのイベントを
観光協会から頼まれて、仲間を集めてやったそうです

 
でもその時の画像を見ると、後ろが倉庫のままなので、余りにも殺風景でもったいないブログからの画像)

そこで、ボランティア精神に感化された自(この町の高校OBだし)、この舞台の背景装飾を
次回の帰省の時に、ボランティアすることにしました

(と、協会長に言った手前、その時までになにか考えなくてはいけませんが、まだアイデアが・・)

・      ・


それと、この町に移住した会社の実話を元にした、”波乗りオフィスにようこそ”も
もう公開されてるそうですが、どこでやってるのかよくわかりません(笑)
でもこの映画の影響だけではないと思いますが、ここに都会から出向
してきた会社は
もう17社にもなるそうです(すごーい)

徳島はネット環境がいいので、IT企業にはウケがいいんだそうですが、撤退はしないで
頑張ってほしいもんです

5月20日 多可町オープンガーデン


兵庫県の多可町は、オープンガーデンの盛んなことで有名なんですが、ここはヨメの姪っ子の
嫁ぎ先でもあるので、オープンガーデンを見てから会いに行くことにしました

 


多可町は、去年行った西脇市の隣なので、ランチはまた播州織の”tamaki niine”に行ました

こんなに早く、またこの風景を見ながらランチが出来るとは思いませんでした
やっぱりここはいいですねー

 
ギャラリーのディスプレイが、道の駅の舞台のヒントになりそうなので、撮らせてもらいました

オープンガーデンは姪っ子の所を入れて3軒しか回れなかったんですが、どちらもすごかったです


 
こちらは、とにかくお庭いっぱい花、花です

 
あちこちにある造形モルタルは、奥さんが自作されたそうです(定番のアリスもありました)

 
二階のベランダに上がる螺旋階段から、庭を一望できるのも斬新でした

・     ・

 
うって変わって、こちらのお庭は大きな木に囲まれて、まるで森の中のようで、
ここはほぼ自分好みの、どストライクの庭でした

 
こちらも作庭は奥さんがメインだそうですが、旦那さん作の小屋や小花のアプローチも素敵です


 
でもこちらでの一番のお気に入りの場所は、家の入口までのアプローチとその奥のスペースです

多分この庭はここから始めたはずなので、ここがその原型のような気がしました
あえて作り込みすぎない植栽が
、時と共にしっくりと馴染んでて、とっても癒されます
こんな場所ならいつまでも居たくなりますねー

・      ・

そして姪っ子の家のお庭です

 
こちらも自然な感じのお庭ですが、どことなく和のテイストも感じます


それもそのはず、本宅の前には立派な和風庭園がありました
洋風ガーデンを見た後に、こんな本格的な和庭をみると、逆に新鮮に映ります
作るのは難しいけど、和庭は多分一つの究極系で、
ガーデニング本場で憧れる人が多いのも
少しわかる気もしました


メダカが泳いでる石臼の水面が、ここの世界を象徴してる気がしました


それにしても、各お庭を作ったご本人さんとお話しすると、庭はホントにそのお人柄を
表してるなーって思います

今回は行く前は実はそれほど期待していなかったのですが、そのレベルの高さにびっくりしました
吹田から一時間半位と意外に近いので、次回はもっとたくさんのお庭を見てみたいもんです

それと姪っ子の旦那さんは庭屋なので、またいつか何かでジョイントしたいと思っています

3月22日 イチロー最後の打席

イチローがとうとう引退してしまいましたねー

MLBにデビューしてからは、この19年間ずっと見てきて、このブログでも
その節目に2回ほど取り上げたので、今回もちょっとコメントしたいと思います

ただここ数年は不振が続いて苦しいシーズンばかりでしたが、それでも最多安打(日米通算)
3000本安打も達成して、ほんとにお疲れさんという感じです
本人はまだまだやりたかったようですが、これでやっと”フツーの人”の戻れるわけなので
これからは、色んな意味でもっと野球を楽しんでほしいと願います

それにしても日本での最後の2試合、去年の5月からずっとこの日を待ってたわけなので
何とか一本、ヒットが欲しかったですねー
まあ一年近くブランクがあったので、いくら準備をしてたとはいえ、やはり衰えは隠せませんでした

でも、最終打席はホント惜しかったです


打った瞬間は、飛んだコースからヒットを確信したんですが・・



というのは、このセンター前の当たりは、シーズン最多安打や、WBCの決勝のヒットと同じ打球で
ここ一番では必ずこれで決めてきたんです

ところが今回の打球は、センター前には抜けずに、なんとボテボテのショートゴロ(なんでやー)

 

ショートは普通に取って、一瞬握り直してから一塁に投げました

 

それでもイチローの走力は衰えていないので、すでにベースの手前まで来ています
球とどっちが早いか・・

画面では、ほとんど同時に見えました


イチローも、走り抜けてから審判を見ています。さあ、どっちだ

でも、コールは無情にもアウト!、イチローもがっくり
アメリカでならビデオ判定をしてもらいたい位、ギリギリだったようですが・・

もう一度見てみると、たしかに捕球時には足がまだ数センチ浮いてる様に見えます・・残念!

センター前に抜けるはずの打球が、ただのショートゴロになることに年齢的な限界を感じますが
逆にもっと遅い打球なら内野安打になったわけで、ツキのなさもまた潮時を感じます

4000本以上打ってきたイチローにとっては、いまさら一本増えることにたいした意味はないのかも
しれませんが、今回は一年間の苦労(意地)があっただけに、この一本は価値があったはずです

まあでもこれが逆に、それだけシビアな世界でやってきたんだということの証なのかもしれません

・     ・

ところで、あのいとも簡単にヒットを打ってた頃のイチローは、いったいどこに行ったのかと思い
自分なりにその原因を少し考えてみました(技術的なことは分かりませんが)

まず思いつくのは、イチローのキャラクター人形で、それは3頭身の頭でっかちです

そしてこの人形と同じように、最近のイチローはだんだん頭が大きくなってきたような気がします

  
左が渡米直後のイチローで、右がその10年後のヤンキース時代



そして、その数年後のマーリンズ時代
たしかに大きくなっています

・・という事はもちろんないので、つまりは体が小さくなってきたという事なんですね
筋トレはしないそうですが、やはり体が小さくなった分だけパワーは落ちてるはずで
それが不振の一因かもしれません

そしてもう一つ変わったのは、その雰囲気というかオーラのようなものです

 
まさに無双状態で打ちまくってた頃は、野武士の様な風貌でしたが

ヤンキースに移った頃からだんだんと粗っぽさが消えて、最後は髪型からも
お坊さんのような雰囲気になってます

もちろん人間的には大きく成長したんでしょうが、選手としてはデビュー直後のあの
ふてぶてしい感じが一番魅力的でしたねー(当時は自分も真似して無精ひげを伸ばしてた)

・     ・

そして、イチローといえば、これ!これ!


柴犬の一弓です!きゃいーん♪


今回の引退会見で、まだ生きてることが分かったんですが、今年で18歳(人間なら100歳)
というその年齢に驚きました

「フラフラになりながらも、けんめいに生きてる姿に感動する」とイチローも言ってましたが
もしこの子がいなくなってたら、もっと早くに引退してたような気がします

~1月31日 フィットネスジムのバーベル その3


フィットネスジムのバーベルの3回目ですが・・

実は去年の12月から、このジムに通ってるんです

オーナー君に会うたびに誘われてはいたんですが、最初はまったく興味がありませんでした
でも彼の「体作りは体調改善にも効果があります。僕もそうでしたから!」
という言葉に乗せられて、試しにやってみることにしました

    

確かにここ数年は、運動不足と同じ作業姿勢が多いためか、肩や首のコリから来る
自律神経系の不定愁訴によく悩まされてました(もちろん年齢的なこともあるんでしょうが)

たまに整体で調整してもらってるんですが、整体はほとんど寝たままで、楽なんですが
どうしても全て他力本願っぽくて、その分効果も限界があるような気がしてました

筋トレはその逆で、ウエイトを使って自分の力で(無理やり)整体するようなもなので(?)
遠慮なくめいっぱい出来る分、もっと効果があるように思ったんです

ただ年齢的にそんなことをやって大丈夫なのかと思ったので、ちょうどあった毎年の検診の時に
いつもの主治医に聞くと「中性脂肪値が高いので、ぜひやってください!」とのことでした

それでもメニューをフルにやる自信がなかったので、ヨメを誘って、週二回で二か月16回コースを
ペアで受けることにしました(これなら休みながらできるし料金も半額なので)


・     ・

そうこうしながら、いよいよトレーニングの開始です


さっそくこのマシンを使うのかと思ってると・・

      

最初は地味~なメニューからでした。 これは今流行りのプランクというトレーニングで
プランク(板)になって腹筋と背筋を鍛えます。慣れてくるとウエイトを乗せてまるで拷問です(笑)


そしてようやくマシンを使ったトレーニングです


コーチがマンツーマンで、やり方を教えてくれます
とにかく正しいフォームを体に覚えさせることが一番の目的で、それがケガ防止にもなるそうです

ポイントは、胸を張って肩甲骨を広く可動させることですが・・(イテテ!)

  
コーチはオーナーを含めて二人いるので、こっちが二人で受けても結局あまり休めませんでした(笑)
たまには逆に、二人掛かりでコーチング(&追い込み)してくれます(赤鬼、青鬼)
(最初は大谷翔平だったオーナーが、だんだんと前田日明にみえてきた)

 
ヨメも予想以上にがんばっています

    
重いウエイトを使う時は、腰を痛めないようにベルトをきつく巻きます
これは80㎏まで何とか上がりましたが、限界近くやる時はコーチのサポートなしではさすがに怖いです
ここでも肩甲骨を寄せて胸を張るんですが、猫背(巻肩)の自分にはきつい姿勢でしたねー

ちなみに、定番のベンチプレスは40kgから初めて、最終日に目標の自分の体重(60kg)を
上げることができましたが、もういっぱいいっぱいでした

(上げる前にすでにビビってます。オーナーはこれを100kgでトレーニングするそうです。バケモンや)

とにかく、学生時代の部活以来のハードトレーニングで、この二か月いつもどこかが筋肉痛でした
途中で「健康のためにやってるのか、寿命を縮めてるのか分からない」とか
「ほんまにシニア向けのメニューかあ?」と愚痴ると「これ以下はリハビリのレベルになります」
といわれました
(まあそのラインを見極めるのもコーチの役割なんでしょうが)

,

   

・・まあそれでも何とか、二か月のコースをヨメと二人で無事に修了することができました

 
やったー!
(途中で挫折したらブログアップもできなかったはず)

ずっと付いてくれたコーチのサポートがなければ、とうてい一人ではできなかったので、感謝感謝です
そして年齢的には逆に今しかできないタイミングだったかもしれませんね

二か月で体重は3㎏減りウエスト-5㎝ですが、食事は夕食後のお菓子をヨーグルトに
変えただけで、後は普通に食べてたのに
週二回の筋トレだけでここまで変わるのは、
自分でもちょっと不思議な気がします

また体をトレーニングをすることで、なぜか精神も前向きになるようで、日々の生活にやる気がでます
歳だからと、半ばあきらめてた事に抵抗できる事(してる自分)が、新鮮だったのかもしれません

ヨメも体重はあまり変わってないのに、テニス仲間さんから「やせた?」と言われたそうです(なんで)

まあ体型よりも、半ば強引に姿勢を矯正したことで、肩と首のコリが楽になり、特に肩甲骨の可動域が
広がったことで、背中のハリも軽くなって息苦しさがなくなったのが一番うれしかったですね

お世話になったこちらのジムには、卒業生特典の割引コースもあるので、また時々こようと思っています